LENT | Day 35
Day 35 ※御言葉を読む前に、まずは主の前に静まる時間を持ちましょう(2分間)。 その後、御言葉をゆっくりと、3回繰り返して読みましょう。 詩篇 73篇 21~24節 21) 私の心が苦みに満ち 私の内なる思いが突き刺されたとき 22) 私は愚かで考えもなく あなたの前で獣のようでした。 23) しかし 私は絶えずあなたとともにいました。 あなたは私の右の手をしっかりとつかんでくださいました。 24) あなたは 私を諭して導き 後には栄光のうちに受け入れてくださいます。 ディボーショナル クリスチャンの歩みとは、神様との個人的な関係です。知識でも、行いでもありません。親子関係で考えてみましょう。親と子の関係は、子どもがどれほど親の教えを知っているか、また、どれほど親の教えを守っているかには関係ありません。お利口な子も、そうでない子も、親孝行な子も、そうでない子も、誰でも親から等しく愛される子どもです。同じように、聖書の知識があってもなくても、良い行いをしていてもしていなくても、神様を信じる者は、誰でも神様から等しく愛されている子どもなのです。 しかし、私たちは誰でも神様との親子関係を深めることができます。関係を深めるというのは、私たちが親である神様からどれほど愛されているのかを悟るようになる、ということです。これは、個人的な体験です。そして、この体験は生涯、深め続けることができます。 一方、私たちは知るべきことがあります。それは、私たちが神様と時間を過ごさない限り、神様のことが分からないことです。個人的に神様と向き合わない限り、神様の愛を知ることはできないのです。これは、人間同士の関係と同じです。他のことを考えていたり、聞き流したり、背を向けているうちは、どうしても関係を深めることができないのです。 私たちが、神様と向き合う時、最初に自分の愚かさと無力さに気づきます(21, 22節)。同時に、そんな自分に愛想が尽きることなく、今も神様が一緒にいて下さっていること(現在)に気づきます。さらに、自分の無力さに気づかなかった間も、一緒にいて下さったこと(過去)にも気づきます(23節)。だからこそ、これからも一緒にいて下さること(未来)にも気づきます(24節)。神様との関係は、過去、現在、未来と永遠に続きます。 これが、神様と向き合った時に、詩編73篇の作者が気づいたことでした。私たちは、神様が共にいることに気づくために、毎日、ディボーションをしているのです。義務感からではなく、期待からです。日々のディボーションを通して、さらに自分の無力さと神の愛の大きさの違いが浮き彫りになり、ただただ感動を覚えるようになります。そして、さらに神様に頼るようになり、さらに神様の力を経験するようになります。 30年も前の曲ですが、日本のクリスチャンアーティスト、Lyre(リラ)による「詩編73篇21ー24」という賛美があります。歌詞は今日の聖書箇所そのままです。個人的には、信仰を持った頃に初めて聞きました。信仰を持った翌年には、「詩編73篇」というテーマの中高生バイブルキャンプでカウンセラーとして奉仕したり、そこで奉仕をしていた妻とも初めて出会ったりと、思い出深い曲です。それ以来、この詩編の作者のように、今でさえ、いつも神様が一緒にいて下さることに感動する毎日です。私たちは誰であっても、知識や行いがあってもなくても、神様の愛を知り続ける歩みに、今日も招かれているのです。 問いかけ 日々のディボーションをただ行うだけではなく、神様が共にいることに気づくために、具体的にどんな工夫ができるでしょう? ...


