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LENT | Day 6

Day 6 ※御言葉を読む前に、まずは主の前に静まる時間を持ちましょう(2分間)。 その後、御言葉をゆっくりと、3回繰り返して読みましょう。  マルコの福音書 1章33~38節 33) こうして町中の人が戸口に集まって来た。 34) イエスは、様々な病気にかかっている多くの人を癒やされた。また、多くの悪霊を追い出し、悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。彼らがイエスのことを知っていたからである。 35) さて、イエスは朝早く、まだ暗いうちに起きて寂しいところに出かけて行き、そこで祈っておられた。 36) すると、シモンとその仲間たちがイエスの後を追って来て 37) 彼を見つけ、「皆があなたを捜しています」と言った。 38) イエスは彼らに言われた。「さあ、近くにある別の町や村へ行こう。わたしはそこでも福音を伝えよう。そのために、わたしは出て来たのだから。」 ディボーショナル 霊的な成熟は、自分の本当の姿に気づくことから始まります。古い偽りの自分に気づき、神の目的に適った、新しい真の自分の姿に気づくことです。 キリストは、ご自分のあるべき姿を知っていました。それは、人の期待に応えるのではなく、神の期待に応える生き方です。イエスはカペナウムの「町中の人(33)」の病気を癒したり、悪霊を追い出したり、多忙を極めました。多くの人から「助けてください!」という、切実な期待をかけられていたのです。それは、弟子たちが、まだ朝早いうちからイエスを捜しに来るほどでした。 しかし、イエスがその日で最も優先したことは、「朝早く、まだ暗いうちに起きて寂しいところに出かけていき、そこで祈」ることでした。「朝早く、まだ暗いうち起きて」というのは、一日の生活の中で神様との交わりを「時間的」に優先することです。「寂しいところに出かけて行って」というのは、「わざわざ」静かで独りになれる環境をつくり、神様との交わりを「物理的」、「精神的」に優先することです。これらはすべて、人の期待ではなく、神様の期待に応えるためでした。 私たちも、日々、「やるべきこと」に追われています。それは、家事、育児、仕事、人に仕えることなど、いずれも大切なことです。愛する人を大切に思うがゆえ、人から期待されるがゆえ、どうしても「やるべき」なのです。しかし、私たちは根本的な動機は、人の期待や自分の望みでしょうか。それとも、神の期待(御心)でしょうか。 私たちはどんなに忙くても、毎日、神の心を知ることを優先すべきです。そのためには、毎日、静かなところで独りになる時間を優先する必要があります。そのためには、生活の中で他の何かの優先順位を実際に下げる必要があります。 なぜなら、結局のところ、神を愛することなしに、人を愛することができないからです。それは、神よりもその「やるべきこと」を優先することによって、自分の心を失うことからも分かります。 問いかけ 1.ディボーションを優先し、深めるために、日々の生活を具体的にどのように変えることができますか? 2.神の期待よりも、人からの期待や自分の望みを優先していることはあれば、それは具体的に何ですか? 祈り 神様。人から期待をかけられたときのプレッシャーを、あなたが理解しておられることを感謝します。時々、それは辛く、苦しいものです。人を愛そうとするとき、あなたに忠実に従うことを見失わないように助けてください。主イエスの御名によって祈ります。アーメン。 ※最後に、もう一度、静まる時を持ちましょう(2分間)。 ...