LENT | Day 8
Day 8 ※御言葉を読む前に、まずは主の前に静まる時間を持ちましょう(2分間)。 その後、御言葉をゆっくりと、3回繰り返して読みましょう。 マタイの福音書4章1~11節 1) それからイエスは、悪魔の試みを受けるために、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。2) そして四十日四十夜、断食をし、その後で空腹を覚えられた。 3) すると、試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、これらの石がパンになるように命じなさい。」4) イエスは答えられた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」 5) すると悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、6) こう言った。「あなたが神の子なら、下に身を投げなさい。『神はあなたのために御使いたちに命じられる。 彼らはその両手にあなたをのせ、あなたの足が石に打ち当たらないようにする』と書いてあるから。」7) イエスは言われた。「『あなたの神である主を試みてはならない』とも書いてある。」 8) 悪魔はまた、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての王国とその栄華を見せて、9) こう言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう。」10) そこでイエスは言われた。「下がれ、サタン。『あなたの神である主を礼拝しなさい。主にのみ仕えなさい』と書いてある。」11) すると悪魔はイエスを離れた。そして、見よ、御使いたちが近づいて来てイエスに仕えた。 ディボーショナル 「孤独」になることは、クリスチャンにとって誰しも不可欠な生活習慣でしょう。神の前で独り静まることがなければ、私たちの生き方は日々の忙しさや、この世の雑音や情報に、いとも簡単に流されていくからです。どこか虚しさを感じたり、その虚しさを一時的な快楽や、さらなる忙しさで埋めようとする自分の姿に気づくなら、それは、生き方が流されていることのシグナルかもしれません。 イエスは、すべての宣教の働きを始められる前に(マタイ4:17)、荒野に上って40日間、孤独になられました。そこで三つの悪魔の誘惑に会われます。その三つの誘惑とは、①神の言葉に頼らないこと、②自分に都合の良いように神をコントロールしようとすること、そして、③人よりも優位に立つために神でないものに頼ることです。これらの誘惑は、結局は、虚しい生き方への誘いです。ヘンリー・ナウエンは、このような生き方を「偽りの自分」に生きることだと表現しています。 孤独になって神と向き合う時、私たちは自分の心にも向き合うことになります。その時、はじめて「偽りの自分」に気づかされます。しかし、この気づきこそが、御霊によって生き方が変えられるための第一歩なのです。 イエスが誘惑に会われたのは、同じ誘惑に会う私たちの弱さに同情し、弱さを通しても、私たちを神の恵みに近づけるためでした(へブル4:15, 16)。ですので、「偽りの自分」に気づくことは、恥や失望ではなく、希望と力につながるのです。 問いかけ 1.神と自分の心の向き合うために、孤独になることを妨げるものは何ですか? 2.イエスが受けられた上記①~③のうち、自分にとっては、どのような誘惑を受けますか?どのような虚しい「偽り」の生き方に心が惹かれますか? 祈り 主よ。仕事や育児を成功させたり、人から認められなければ、自分の価値は小さいと思わせるこの世の雑音から守ってください。「偽り」へ誘う悪魔の誘惑から守ってください。キリストの十字架によって、私はあなたの子どもとされました。そして、この私にも「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。」と言われます。その声をしっかりと心に留めることができますように。今日、あなたの愛と恵みを経験させてください。主の御名によって祈ります。アーメン。 ...


