View Post

LENT | Day 19

Day 19 ※御言葉を読む前に、まずは主の前に静まる時間を持ちましょう(2分間)。 その後、御言葉をゆっくりと、3回繰り返して読みましょう。 ヨブ記 2章7~10節 7) サタンは主の前から出て行き、ヨブを足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で打った。8) ヨブは土器のかけらを取り、それでからだを引っかいた。彼は灰の中に座っていた。 9) すると、妻が彼に言った。「あなたは、これでもなお、自分の誠実さを堅く保とうとしているのですか。神を呪って死になさい。」10) しかし、彼は妻に言った。「あなたは、どこかの愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか。」ヨブはこのすべてのことにおいても、唇によって罪に陥ることはなかった。 ディボーショナル 何か大切なものを失った時、心に穴が開いたような喪失感を味わいます。それは、痛み、悲しみ、虚しさなどが織り交ざった心境です。 喪失感といえば、今年で11年目を迎えた3.11の東日本大震災を思い出します。当時、教会で震災復興支援を行いましたが、家族と財産を一度にすべて失い、途方に暮れておられた被災者の方々の表情が忘れられません。震災から数年経った後も、毎年数回、教会から医療チームが被災地を訪問しました。それは、食事の提供やがれきの撤去ではなく、今度は被災者のメンタルケアが必要だったためです。生存した方々は命を取り留めましたが、すべてを失い、今度は生きる希望を失っていました。月日が経つにつれて、喪失感は癒えるどころか、むしろ増し加わり、うつ病や自殺の頻度が著しく増加していたのです。 このような大惨事を私たちが直接、経験することは少ないかもしれません。しかし、人生を歩む中で、誰しも立ち直れないほどの大きな喪失感を何度か体験するでしょう。それは、クリスチャンであっても同じです。その苦しみを思い出しては、喪失感や苦々しさがよみがえり、文句や愚痴がこぼれてきます。時には、人を呪い、自分の不幸な境遇を呪い、神でさえ呪いたくなる時があるかもしれません。 ヨブは、大きな喪失感を経験しました。それは、家族や財産だけでなく、健康までも失い、しかも、それがすべて同時に起こりました。ヨブの妻は苦痛のあまり、神を呪って死ぬように声をかけます。しかし、ヨブは神を信じ続け、言葉においても罪に陥ることがありませんでした。 ワシントン州スポケーンにあるクリスチャン大学、ウィットワース大学のジェラルド・シッツル氏は、苦しみや喪失感についてこう言っています。「本当の大惨事を経験する時、私たちの心の傷は癒されることがありません。その経験を通して、良かれ悪かれ、私たちの生き方は変えられていきます。しかし、経験した心の傷はそこに残り続けるのです。大惨事を経験する前の無傷の心には戻れないのです。 私は、大切な人を失った時の喪失感を克服できませんでした。むしろ、喪失感と共に生きることを決め、それが私の一部になりました。しかし、心の傷は私の内に居座り続けましたが、私の魂は豊かにされていったのです。」 私たちが苦しみや喪失感を経験する時、その意味は分かりません。しかし、それを通して、神様が共にいることを「本当に」知ることができる、そのような魂に変えられていくのです。 問いかけ 苦しみや喪失を通して、あなたと神様との関係はどのように変えられていますか? 祈り 神様。大切なものを失ったあの時、私の心は打ちのめされました。魂の傷は、今でも癒えません。ヨブやイエス様の苦しみを思い出しますが、苦しみを通してあなたとの関係が深められることを信じます。どうぞ共にいてください。苦しみの意味は分からなくても、あなたがいつも共におられることを、深く分からせてください。主イエスの御名によって祈ります。アーメン。 ※最後に、もう一度、静まる時を持ちましょう(2分間)。 Silence and Stillness before God ...